その飛び跳ねた短いアホ毛は新米母の勲章である

「出産後の抜け毛は想像以上らしい」と事前に小耳に挟んでいたが、これほどまでに抜けるとは思っていなかった。
ホルモンとは実に恐ろしい物である。妊娠中から一気にドカッと、あるいはジワジワト少しずつ、女性の体を内側から変えていってしまう。
それが好転反応的なものばかりならまだ良いが(例えば人生初の豊満なバストには一瞬心が躍った)そればかりではない。あるいは言ってしまえば辛いものが大半である。

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イメージしていた幸せいっぱいキラキラ妊婦さん&ママさんとは程遠い、それはそれは壮絶なものが現実の妊娠出産であった。
たとえば、情緒不安定になって小さなことでも検索魔になり、ネガティブな情報をうっかり拾ってしまって更に情緒不安定へと負のループ。
それまでの好物を受け付けなくなるつわり、そして自身の場合はそう、「出産後の抜け毛」である。
自身は多毛である。母親も姉も妹もみな多毛という多毛一家で生まれ育ち、自身ももちろん生粋の多毛である。

子どもの頃からボブにすればもっこりきのこヘアになり、美容院ではオーダーしなくても髪がガンガンにすかれていた。
髪の毛の重さで度々頭痛を催し、ポニーテールにすればゴムの方が耐え切れずちぎれ、極太ゴムで結べばこなれヘアとは程遠いまさに馬の尻尾を後頭部にくっつけたようなスタイルになってしまう。

そんな自身が産後の抜け毛時期に身に起こったことはこうである。
朝起きれば枕にぎっしり毛がくっついている。家の床という床にはもれなく毛が落ちている。それも何本も何本も何十本も落ちている。
あれ、カーペットの模様変えたかな?というくらいに落ちている。

風呂に入れば一回のシャンプーで排水溝の受け皿を髪の毛が覆い尽くす。この抜けた毛を毎日集めたらボリュームアップ用のウィッグが簡単に作れるんじゃないだろうかと真剣に考えたりする。そしてなにより、手櫛をした時の手の感触が違う。指先で感じていた毛量が、あんなに頼もしいほどに密集していた手触りが何やら少しずつ薄くなり軽くなり頼りなくなってくる。
しかし自身は考えていた。これはチャンスだ!今まで過剰に生えていた毛が抜けてやっとちょうどいいくらいに頭に収まってきた!と。

ポニーテールをしてもゴムは千切れない。こなれヘアとはいかないが、馬の尻尾感は薄い。
そのまま多毛な人生とおさらばできると心躍ったその時である。毛がいっせいに生え始めたのだ。

まるで抜けて行った友(毛)たちを弔わんとばかりに、抜けた穴を埋めようとあとからあとから生えてくる。
それも、生え際や分け目など目立つところばかりに生えてくる。いや、実際は万遍なく生えていたのかもしれないがとにかく短い毛がぴょんぴょんと立っては主張する。
ヘアクリームをつけてもぴょんぴょん。スプレーで固めてもぴょんぴょんとしたまま固まる。これはもう完全にお手上げである。
そのうち、市のイベントで同時期に出産した新米母たちの交流会があり参加してみることにした。
そしてそこにいる新米母たちを見ると、皆もれなく分け目から短い髪の毛がぴょんぴょんと立っている。もちろん自身もである。
一気にこの新米母たちをいとおしく感じた。ひとりひとりと握手して回りたくなった。
みな朝晩問わず繰り返される頻回授乳で目の下はクマができ、分け目からは短いアホ毛がぴょんぴょんと主張している。
そして赤ちゃんを見つめているのである。これを母の愛と言わずして何というのであろう。
だからこの短いアホ毛も、勲章なのである。胸を張って、アホ毛をぴょんぴょんさせて欲しい。
ちなみに自身はその後そのまま多毛な自分とさよならできたのかと言えばそうではない。全力で髪の毛達が復活を遂げ再び多毛の日々を送っている。
なので産後の抜け毛に悩まないで、大丈夫だよと大声で言いたい。